あたまのなか

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パフューム〜ある殺し屋の物語〜 (映画)

冒頭から血、血、血。

とにかくえぐい。

 

主人公は類いまれな嗅覚の才能の持ち主。

美女からのみ抽出できる香りを、殺害する事によって黙々と採取・調合し、13種類の香料を製作する。さらにそれを調合して、その臭いを嗅ぐと楽園にいると思い込んでしまう、伝説の香水をつくりあげる

 

主人公は所謂“愛”を“教育”されて成長しなかった。

だから、美女を殺害しても全く何も感じず、黙々と作業を、自分の欲望のままに続行した。

 

“人間は愛がなければ生きていけない”というが、それは本当なのだろうか。

私は映画の中盤でそう考えていた。

 

私たちは“自分がされて嫌な事を他人にしてはならない”という“教育”の元、人を傷つけるはおろか、殺人なんてしない。

そもそも必要に迫られないし、迫られたとしても、しない。

 

しかし主人公は、自分の大好きな香りを何時でも嗅げるように、保存しようと試みた結果、人を殺害する。

 

あくまで人に危害を加える事自体が目的では無い。

 

彼にとって、大好きな香りを保存し、いつでも嗅げるようにする事は

私たちが食事をするのと同じくらい重要な事、本能なのかもしれない。

(ちなみに劇中主人公が食事をしているシーンは全く登場しない。)

 

そして“教育”と言う名の“洗脳”が彼に施されていたら、人を殺害する程まで行かぬ様、自分を制する事が可能だったと思う。

“教育”は“本能”を制するための物なのか。

本能は制しなければいけないのか。

そもそも本能とは何なのか―—


 

 

 

そして

何の感情も抱かず殺害したように見えた主人公が終盤で涙する。

 

人を愛する事、愛される事が出来なかったがゆえに、寂しさ、悲しさを覚えたのだろうと私は思う。伝説の香水を自分自身にふりかけ、刹那の間その香水によって人に愛され、この世をあっけなく去る。

 

えぐいとされる描写の裏に、“人間は愛がなければ生きていけない”という、ある種ロマンチックなテーマが潜んでいるようにも思えた。

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ワークスタイル

初海外旅行でカナダのカルガリーに来て2日目。交通費を安くする為にchina airlineのエコノミーで日本からここまで来た。

china airlineで思ったのが、サービスの悪さ。

食事を急いで客に提供するためCAは温めたパンを仲間同士で投げ合う!客にコーヒーを注ぐ際ポタポタ床にこぼしても気にしない。ほったらかし。床に転がったプリンもそのまま。というか気にしていない。かたことの英語日本語。

とりあえず適当だなあと思った。

そしてカナダの空港に着いて感じたのは

働いている人々が皆フランクな事。日本だと“お客様は神様”精神で笑顔、挨拶、丁寧さが徹底されているけどカナダは自由。ピアスもタトゥーもokで、私たち日本人特有の営業スマイルが全く無い。だからといって不親切というわけでもなく、皆きちんと業務をこなしているし、親切。

何だか少し感動。

なぜなら日本の接客は最高だけど、全てが偽りだから。笑顔も返事も何もかも。

皆やりたくないのにぺこぺこしているからストレスが溜まるし、まるで接客ロボットみたいだと思う。顧客もそれを弁えているから尚更たちが悪い感じがする。

でもカナダではそうではないと思う。サービスは完璧では無い。けれど、逆に人の暖かさを感じるし、売り上げ獲らなくちゃ、とかいう切迫感が無いから妙な安心感が感じられる。

完璧=最高のサービス とは限らないのかもしれないと思った。感じ方は人それぞれだけど。

それにしても何で日本人はぺこぺこ頭を下げるのだろうと考えさせられた。確かに、資源が限られていて他国に頼らなければ生き延びる事が出来ないという理由の元、他国に対して頭を下げて大人しくしているのは理解出来る。

でも同じ民族同士でこの用な現象が起こるのは実は日本ぐらいなのかもしれないと思った。私達の中では常識となっているけど。

冒頭で説明したように、cina airlineの件もそう。パン投げていても気にしていたのは日本人の私ぐらいで、中国人の顧客達は全く気にしていない様子だった。

日本人の民族性は良い言い方をすれば繊細、悪い言い方をすれば神経質。

メリットもリスクも勿論背中合わせに存在するけれど、ここ数年本当に神経質さが増していると私は思う。経済的に余裕が無いからか?時間に余裕が無いからか?経済的に余裕が無いから時間に余裕が無いのか?

とりあえず、日本人は心の余裕を失っているなあと、つくづく感た。

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横尾忠則全ポスター

この人の作品を一言で言うと、“おっぱい星人”。

LIFE」という題の作品が、おっぱいによって形作られたヤシの木だったりすから。

 

乳首マニアと言っても良いかな。

作品の至る所にpointed chikubiが登場。笑

 

1965年の宝塚歌劇団・花組の「夢を見る妖精たち」では2人の裸の男役2人が全裸でキスしながらお互いの乳首をつついてるイラスト。

しかも

“この世で一番素晴らしいのは女の子、一度でいいからあんな子と恋してみたい”との文字。

 

アヴァンギャルド。オカルトブームに便乗した時代の作品も然り。

基本的に目がチカチカする色使い。

もし遠くから見かけたら、近づいて、じっと見入ってしまうインパクトがある。

 

企業の宣伝を的確に行い、ポスターの役目をしっかり果たしているし、横尾忠則自身の世界観もきちんと表現出来ていると感じた。

というより、不思議なのが横尾忠則の世界観はとてもパワフルで、個性的なのにも関わらず、宣伝内容が負けていないところにあると思う。

 

宝塚の他にも寺山修司の劇団や様々な講演、一般企業宣伝などの他にMILK BOY,BEAMS,BRUTUSなどの、若者向けアパレルメーカーのポスターや雑誌、DAVID LACHAPELLEのポスターもあった。多岐にわたるジャンルの活動っぷりに感動。

 

本当に様々な、ジャンルの企業、宣伝ポスターを製作しているにも関わらず、どれも横尾忠則節が、ガツンと効いてて、迫力というより、親しみを感じた。

全ての企業や、宣伝ポスターを製作する上でこれを実行するのは、とても困難な事ではないだろうか?

またこの人は過去の作品の再利用も率先的に行っている。しかし、ただのコピー、アレンジでは無く、作品たちは、新しく息を吹き込まれた事によってより私たちに驚きを与えてくれる存在へと姿を変えていた。

この人は死なないだろうなあというパワーが作品から感じ取られた。笑